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今月の逸品:東田中(ひがしたなか)遺跡出土の貝製品


東田中遺跡は,石岡市の南東部に位置する縄文時代から江戸時代以降の複合遺跡です。縄文時代中期(約4,500年前)の斜面貝層(貝塚)からは,縄文土器,鏃や打製石斧などの石器,土器片錘や耳飾りなどの土製品,ヤスなどの骨角器,貝刃などの貝製品,貝類,獣骨などが出土しています。
今回紹介する逸品は,貝層の特徴的な遺物である貝製品です。一つ目は,タカラガイの加工品です。現在も主に熱帯や亜熱帯に生息する貝で,きれいなまだら模様の殻は海辺の土産物として売られています。縄文人は模様のある背面を使用せず,刻み目のある殻の口を割って加工しています。タカラガイが「子安貝」と呼ばれていることや副葬事例から,加工品は安産や子どもの成長を祈るお守りなどと考えられています。二つ目は貝輪です。イタボガキ製は未成品と丁寧に磨かれた完成品で,それぞれ欠けてしまっています。アカニシ製は,殻高約11㎝と大形です。貝輪を装着した人骨出土事例などから,腕輪と考えられています。縄文人が南海産の珍しい貝や腕輪に適した素材をどのように入手したのか,大変興味深いです。
 
第2号貝層から出土したタカラガイの加工品 出土した貝輪(左上下:イタボガキ,右:アカニシ)
 

今月の逸品:島名中代(しまななかだい)遺跡出土の土師器・須恵器


島名中代遺跡は,つくば市の南西部に位置し,谷田川右岸の標高22〜24mの台地上に立地しています。縄文時代から江戸時代にかけての複合遺跡で,平成25〜27年度に15,734㎡について発掘調査を行いました。調査の結果,古墳時代に小規模な集落が形成され,平安時代になると,集落が広がっていったことが確認できました。また,古代「河内(こうち)郡」の「嶋名(しまな)郷」の中心地域に比定されている島名熊の山遺跡と隣接しており,両遺跡は,竪穴建物跡の形状や出土遺物が類似していることから,関連性が想定できます。
今回紹介するのは,9世紀後葉の竪穴建物跡から出土した土師器の坏1点と須恵器の坏4点です。須恵器の坏の一つには「万呂カ入」の墨書がみられます。竪穴建物跡の東コーナー部付近の炭化物を多く含む層から5枚重ねて据えられたような状態で出土していることから,竪穴建物を埋め戻す際に,何らかの意図があり,遺棄されたものと推測できます。
 
重なって出土した5枚の坏 須恵器坏の内面に書かれた墨書
 

今月の逸品:九重東岡廃寺(ここのえひがしおかはいじ)出土の須恵器・瓦


九重東岡廃寺は,つくば市の北東部花室川左岸の標高約24mの台地上に立地する奈良時代の河内郡のお寺跡です。平成27年度には,遺跡の北側を調査し,奈良時代から平安時代の集落跡が確認されました。
今回紹介するのは,竪穴建物跡から出土した九重東岡廃寺に関わる仏鉢(ぶっぱち)と瓦です。仏鉢は僧が托鉢(たくはつ)で食物などを受けるのに用いる鉄製の鉢を模した土器です。軒平瓦(のきひらがわら)は,九重東岡廃寺に使用された瓦と考えられます。この軒平瓦は竪穴建物跡から出土しています。その他出土した瓦の中には,竈の両袖の補強材に使用されたり,支脚に転用されたりしたものもありました。これらの瓦は,九重東岡廃寺の衰退後に再利用されたものと考えられ,本跡の衰退時期をうかがい知る貴重な資料といえます。
 
仏鉢 軒平瓦(四重孤文軒平瓦)
 

今月の逸品:島名熊の山遺跡(しまなくまのやまいせき)出土の古墳時代の須恵器


島名熊の山遺跡は,つくば市の南西部に位置し,谷田川右岸の標高13〜24mの台地上に立地する縄文時代から江戸時代にかけての複合遺跡です。古墳時代後期から平安時代前期にかけての集落跡が遺跡の中心で,これまでに約360,000㎡が調査されています。約3,000棟の竪穴建物跡,約600棟の掘立柱建物跡などが確認されていることから,古代河内(かわち)郡の「嶋名郷(しまなごう)」の中心地域に比定されています。
今回紹介する土器は7世紀前葉の竪穴建物跡から出土した提瓶(ていへい),𤭯(はそう),長頸瓶(ちょうけいへい)の須恵器3点で,祭祀などに使用されたものです。現在のところ,河内郡内に当時の窯跡は見つかっていないので,周辺の地域や遠方から交易によってもたらされたと考えられます。𤭯は胎土(たいど)が緻密で焼きしまっていることから,静岡県湖西産の可能性があります。提瓶と長頸瓶は胎土などから常陸を含めた北関東産と考えられます。
 
提瓶 長頸壺(左)と𤭯(右)
 

今月の逸品:大堀東(おおぼりひがし)遺跡出土の緑釉陶器・灰釉陶器


大堀東遺跡は,下妻市の南東部に位置する平安時代を中心とする集落跡です。下妻市の南部には,鬼怒川・小貝川の旧河道が存在し,その自然堤防上に多くの遺跡が確認されています。大堀東遺跡もその一つで,平成16・17年度の調査では,10世紀を中心とする集落であることが分かりました。今年度は平成24〜26・28年度に調査した範囲を整理しています。今回の整理でも,今のところ10世紀を中心とした集落であると考えています。当遺跡の逸品としては,緑釉陶器や灰釉陶器が挙げられます。緑釉陶器や灰釉陶器は,当時,東海地方の優品として流通したものです。持ち主の地位や財力を周囲の人に示すものと考えられ,今回ご紹介する遺物も,そうした役割を果たしていたのでしょう。この地域に有力者がいたことを伺わせる遺物です。
 
緑釉陶器の皿 灰釉陶器の高台付椀
 

今月の逸品:瑞龍(ずいりゅう)遺跡出土の縄文土器


瑞龍遺跡は,常陸太田市の南部,里川右岸の標高42mの台地上に立地する縄文時代から江戸時代にかけての複合遺跡です。主体は古墳時代から平安時代にかけての集落跡であることが分かりました。
今回紹介するのは,縄文時代の土坑から出土した縄文土器です。当遺跡の縄文時代の特徴としては,南関東地方や東北地域の特徴を持った土器が出土していることです。土坑の形は,中期のフラスコ状土坑や円筒状土坑と呼ばれるものです。第656号土坑から出土した土器は,埋め土と共に投棄されたものと考えられます。また,埋甕も確認されており,埋葬などに関わるものとされています。第4号埋甕は,口径46.0㎝で,底部が破損していますが,残存している高さは56.6㎝あります。当遺跡の時期は,古墳時代・平安時代の遺構が多いですが,縄文時代中期から集落が営まれていたこと,さらには,当遺跡の出土土器は,縄文時代から南関東地方と東北地方の交流を伺うことのできる貴重な資料といえます。
 
第656土坑出土土器 第4号埋甕
 

 
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