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つくば中根事務所 [ご案内マップ]

〒305-0018 茨城県つくば市栄字毘沙門446-1番地 ※ 7月から,上境地区に移転しました。
112 060 527*36
「マップコード」および「MAPCODE」は(株)デンソーの登録商標です。
 

金田西坪B遺跡(こんだにしつぼびーいせき 08-220-110) [ご案内マップ]
112 030 028*02

所在地 茨城県つくば市金田字二本松台1,626-1番地ほか
立地 つくば市の東部,桜川右岸の標高25mの台地平坦部
調査原因 研究学園都市計画事業中根・金田台特定土地区画整理事業
委託者 独立行政法人都市再生機構 首都圏ニュータウン本部 茨城業務部
調査期間 2017年4月1日〜6月30日
調査面積 4,247㎡
種類 官衙跡,集落跡,狩猟場
主な時代 縄文時代,弥生時代,古墳時代,奈良時代,平安時代
主な遺構 竪穴建物跡38棟,掘立柱建物跡19棟,柱穴列1条,陥し穴6基,土坑143基,溝跡9条
主な遺物 縄文土器(深鉢),弥生土器(壺),土師器(椀・坏・高坏・高台付坏・小皿・甕・甑・鉢),須恵器(坏・高台付坏・蓋・壺・甕・甑・捏鉢・円面硯),土製品(土器片錘・土玉・紡錘車・支脚),石器・石製品(鏃・磨石・凹石・石皿・支脚・臼玉・剣形模造品・有孔円板),金属製品(刀子・釘)
*主な時代をクリックすると年表が出ます。
 

調査の成果

6月末に調査が終了しました。確認した遺構は,竪穴建物跡,掘立柱建物跡,柱穴列,陥し穴,袋状土坑を含む土坑などで,奈良時代の官衙関連遺構や,縄文時代中期,弥生時代後期,古墳時代,平安時代の集落跡を確認しました。特に,縄文・弥生時代では8mを超える大型竪穴建物跡や,古墳時代後期では5か所の鍛冶炉を有する工房跡は,注目されます。また,奈良時代の四面廂付建物跡や総柱建物跡などの掘立柱建物跡群の存在は,河内郡衙の構造や拡がりを考える上で重要な資料となります。
 
調査区遠景(南から) 調査区全景(上が北)
 
縄文時代中期の有段式竪穴建物跡 弥生時代後期の大型竪穴建物跡
 
古墳時代後期の鍛冶工房跡 奈良時代の掘立柱建物跡群
 

調査の状況

6月現在で,堅穴建物跡34棟,掘立柱建物跡18棟などを調査しています。今回は,奈良時代の第28号掘立柱建物跡と第11号堅穴建物跡を紹介します。第28号掘立柱建物跡は,南北棟の側柱建物で,桁行5間,梁行3間の身舎の四面に廂が付く構造です。廂を含めた規模は,南北約18m,東西約11mで,当遺跡をはじめ,隣接する東岡中原遺跡や金田西遺跡から見つかっている建物跡の中で最大です。県内でも大型の建物跡として注目されます。第11号堅穴建物跡は,一辺7mの大型の建物跡で,多数の土師器と須恵器が東側から投げ込まれた状況で出土しました。蓋が多く,他には坏や甕,大鉢やこね鉢,円面硯も出土しています。当地区は,古代河内郡の郡衙の成立や運営に中心的な役割を担った人々の生活空間であった可能性が考えられます。
 
四面に廂の付いた第28号掘立柱建物跡 多くの蓋が投げ込まれた第11号堅穴建物跡
 

調査の状況

今年度の調査範囲は,古代河内郡衙の正倉域として国の史跡に指定されている場所から,南に約350mの地点に相当します。昨年度からの継続で,堅穴建物跡22棟,掘立柱建物跡9棟をはじめ,多数の土坑や溝跡などの調査を進めています。特に,規則的に並ぶ総柱建物跡や同一地点で建て替えられた大型の側柱建物跡など,古代の掘立柱建物跡が注目されます。写真(左)は調査を終えた第23号掘立柱建物跡で,梁行3間,桁行4間の東西棟になります。その規模がよく分かるように,柱の建っていた場所に人物を配置しています。写真(右)は平安時代の第24号竪穴建物跡で,竈内から土師器の甕や須恵器の高台付坏が廃棄されたような状況で出土しています。その他,縄文時代の土坑,弥生時代や古墳時代の堅穴建物跡なども確認しています。
 
大型の側柱建物跡(第23号掘立柱建物跡) 土器が捨てられた竈(第24号竪穴建物跡)
 
 

上境旭台貝塚(かみざかいあさひだいかいづか 08-220-093) [ご案内マップ]
112 060 466*34

所在地 茨城県つくば市栄字毘沙門439番1ほか
立地 つくば市の東部,桜川右岸の標高21〜27mの台地斜面部
調査原因 研究学園都市計画事業中根・金田台特定土地区画整理事業
委託者 独立行政法人都市再生機構 首都圏ニュータウン本部 茨城業務部
調査期間 2017年4月1日〜2018年3月31日
調査面積 3,900㎡(内3,718㎡終了,182㎡は遺構確認作業まで)
種類 集落跡,貝塚
主な時代 旧石器時代,縄文時代
主な遺構 堅穴建物跡8棟,土坑866基,溝跡3条,斜面貝層3か所,石器集中地点1か所,遺物包含層4か所
主な遺物 縄文土器(深鉢・浅鉢・皿・注口土器・異形台付土器・ミニチュア土器・製塩土器),土製品(土偶・土版・耳栓・耳飾り・匙状土製品・環状土製品・土器片錘・土器片円盤),石器・石製品(尖頭器・石鏃・石剣・石棒・石皿・磨石・敲石・砥石・石錘・小玉・石核・剥片),木器・漆器(鉢・片口鉢・脚付鉢・飾り弓・未成品),骨角製品・貝製品(簪・骨鏃・刺突具・貝刃・貝輪),自然遺物(貝・獣骨・魚骨・堅果類・種子類・自然木)
*主な時代をクリックすると年表が出ます。
 

調査の成果

調査の結果,縄文時代後・晩期の人々が台地上に集落を営み,斜面部を食料残滓などの不用物の廃棄場として,湧水のある低地部を水場として利用していた生活の様相が明らかになりました。径8〜9mの大型の竪穴建物跡や深さ2〜3mの円筒状の土坑,縄文土器の完形品や大形破片が埋め置かれた土坑などは,台地部の集落の特徴的な遺構と言えます。また,斜面貝層や集落域の各遺構から出土した土嚢約1700袋に及ぶ貝殻を洗浄した結果,たくさんの微細な骨角製品や貝製品を回収することができました。貝種や獣骨類の分類作業は今後も継続していきます。当貝塚の長年にわたる調査の中で,最も当時の暮らしぶりや古環境の復元につながる重要な資料が得られた大きな成果のあった調査と言えます。
 
南上空から見た上境旭台貝塚 台地部に営まれた集落跡
 
径9mの大型の第31号竪穴建物跡 深さ約2.5mの円筒状土坑(第1617号土坑)
 
大形の縄文土器片が出土した第1598号土坑 遺物包含層から出土した人面付土版
 

調査の状況

集落跡の調査は終盤を迎え,台地上から南部の緩斜面部へと移ってきました。縄文時代晩期の第31号竪穴建物跡は,一部,基盤層の粘土層が露出している南部の緩斜面部に位置しています。南部に出入口施設が張り出した柄鏡形の径約9mの大型竪穴建物跡で,当遺跡で最大規模です。炉が確認できなかったことから,住まいでなく,集会場や特殊な目的で利用された建物とも考えられます。また,緩斜面部では,深さが2mに達する大型の円筒状土坑が密集して構築されています。これまでに確認していた柱穴状の土坑とは,規模や覆土の堆積状況が異なることから,貯蔵施設などの可能性が考えられます。
 
当遺跡で最大規模の第31号竪穴建物跡 大型で円筒状の第1275号土坑
 
 

調査の状況

台地上の集落跡の調査も,いよいよ佳境に入りました。縄文時代後期後葉の第25号竪穴建物跡は,径約5mの円形で,出入口施設が南部に張り出した柄鏡形をしています。中央部の炉の内部には,ぎっしりと灰が詰まっていました。炉の壁が真っ赤に変色していることから,高温で何度も使用された様子がうかがえます。塩作りや貝殻を焼いて漆喰状の物質の原料を作るなど,煮炊き以外に使用された可能性があります。また,数多くの円筒状の土坑を確認しています。何らかの建物の柱穴と考えられ,柱を抜き取った窪みに縄文土器を投棄したものや埋納したものなどが見られます。それらは,複雑に重なり合っているため,柱の配置や組み合わせ,建物の構造などは今後の課題となります。
 
柄鏡形の第25号竪穴建物跡 第25号竪穴建物跡の真っ赤に焼けた炉
   
柱を抜き取った窪みに投棄された縄文土器 円筒状の土坑に埋納された縄文土器
 
 

調査の状況

斜面貝層の調査がほぼ終了しました。出土した貝は土嚢袋で約1200袋にのぼり,現在,水洗・分類作業を行っています。注目される遺物としては,骨製の髪飾り(簪)と貝製の腕輪(貝輪)が出土しています。台地上の集落域の調査では,径約8mの大型竪穴建物跡を確認しました。壁際に焼土や炭化材が残る焼失建物で,ミニチュア土器や土版,翡翠製の小玉,骨鏃,焼けた骨片など,特殊な遺物が数多く出土しています。集落の中心的な建物と考えられ,廃絶後に何らかのマツリが行われた可能性があります。また,新たに南側の台地上を調査し,縄文時代後期前葉の竪穴建物跡を確認しました。低地部の腐植土層が形成された時期の建物跡であり,集落の出現や変遷を考える上で,貴重な発見となりました。
 
斜面貝層の作業風景 組み合わせ式の貝輪(アカガイ)の出土状況
   
壁際に炭化材などが残る第27号竪穴建物跡 第27号竪穴建物跡から出土したミニチュア土器
   
南部の台地上で確認した第28号竪穴建物跡 第28号竪穴建物跡の埋設土器
 
 

調査の状況

調査区東部の低地部の調査が終了し,南部の斜面部,西部の台地部の調査を開始しました。台地の南斜面部では,縄文時代後・晩期のヤマトシジミを主体とする貝層を2か所確認しました。規模は,第12号斜面貝層が東西10m,南北5.5m,第4号貝層が東西6m,南北4.5mです。また,台地部は,縄文時代後期から晩期にかけての集落域と考えられ,竪穴建物跡や多数の柱穴,土坑などを確認しました。これらの遺構群は,台地の高所から縁辺部にかけて,ドーナツ状に分布していることがわかってきました。深さ1mを超えるような柱穴と考えられる円筒状の土坑が数多く存在しており,何らかの建物が密集して構築されていた可能性があります。
 
台地の南斜面に形成された貝層 密集して構築された柱穴群
 
 

調査の状況

調査区東部の低地部の調査で,縄文時代後期の水辺の様子が明らかになりました。谷底に堆積した腐植土層を掘削すると,多数の自然木や並べ置かれたような丸太などが出土しました。長さや方向が整えられていることなどから,低地に敷かれた木道の可能性があります。また,谷頭部には径40〜70?大の穴が掘り込まれており,湧水を利用して,飲料水を汲んだり,木の実をさらしたりしていたことが想像できます。今回の調査では,30点を超える漆器などの木製品が出土しています。前回,紹介した鉢や飾り弓以外にも,片口鉢,把手付鉢,脚付鉢などがあり,当時の木製品のバリエーションの豊かさや漆工芸技術の高さを知ることができました。さらに,木製品の未成品や漆を入れた土器も出土していることから,当遺跡で漆器などの木製品が作られていたことが判明した点も大きな成果と言えます。
 
谷部に集積した自然木(中央)と並べ置かれた丸太(手前) 湧水点に掘られていた多数の穴
   
鮮やかな赤漆の脚付鉢(口縁が下) 微細な加工痕の残る木製品(未成品)
 
 

調査の状況

調査区東部の低地部の調査で,縄文時代後期に堆積した腐植土層の拡がりが明らかになり,本格的な掘り込み作業を始めました。腐植土層の中には並べ置かれたような丸太が確認でき,編みカゴや漆器の片口鉢,飾り弓の優品などが出土しています。また,クルミやトチノミなどの堅果類も数多く出土しており,水さらし場の可能性が考えられます。
 
谷底に堆積した腐植土層の拡がり(北東から) 並べ置かれたような丸太
   
ほぼ完全な形をとどめた漆器の片口鉢 折れた赤漆の飾り弓
 
 

調査の状況

調査区東部の斜面部において,縄文時代後・晩期の遺物包含層を調査しています。堆積している土層の観察から,湿地状の地形が徐々に陸地化していく様子が確認できました。特に,標高の低い場所は,地下水の影響で有機物が腐らずに残っており,漆器やクルミ・トチノミ・クリなどの堅果類,大小の自然木が出土しています。漆器には,赤漆が塗られており,精巧な彫刻が施されたものもあります。木の道具や水辺を利用した縄文人の生活の様子が分かる貴重な調査といえます。
 
調査区東部全景(北から) 縄文時代後期の漆器
 
 

調査の状況

7月から調査を再開しました。4・5月に行っていた南斜面部の貝塚(斜面貝層)と遺物包含層に加え,新たに西部の台地上と東斜面部を調査しています。西部の台地上は,縄文時代後・晩期の竪穴建物跡や土坑・ピット群が確認でき,当貝塚を形成した人々の生活域が拡がっています。また,東斜面部の調査によって,当時の集落を取り巻く自然環境を知る貴重なデータが得られそうです。
 

調査の状況

昨年度からの継続で,斜面部の遺物包含層と斜面貝層などを調査しています。遺物包含層は大別して上下2層からなり,間にヤマトシジミを主体とした斜面貝層を挟んでいる様相が,徐々に判明してきました。現在は多量の縄文土器や石器を含む遺物包含層(上層)の掘り込みを進めています。そこからは,石剣,石棒,土偶,土版などの「第2の道具」と言われる信仰や祭祀に関連する遺物が数多く出土しています。また,縄文時代の堅穴建物跡や溝跡なども確認しており,当地点は集落の一部であり,また,貝殻や不用となった土器,石器などの廃棄場所としても長期間にわたって利用されていたことが明らかになりました。
 
掘り込みの進む遺物包含層(上層)と溝跡 ミミズク土偶の破片
 
 

 
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